第20回世界ジャンボリー(20WJ)参加報告

2003/02/27 作成


第20回世界ジャンボリー(20WJ)参加報告

第20回世界ジャンボリー汗血記

20WJに参加して

ジャンボリー見学記

 


第20回世界ジャンボリー(20WJ)参加報告  

  世界のスカウトがほぼ4年ごとに一堂に会する世界ジャンボリーが、タイ国(チョンブリ県サッタヒップ岬)

において、2002年12月28日(土)から2003年1月7日(火)までの11日間、"Share our World, Share our Culture"

(私たちの世界を共有し、それぞれの文化を分かち合おう)のスローガンのもとに実施されました。

 つくば第1団からは、リーダー、スカウトを含めて7名が参加し、世界の仲間と時間と空間を共有して楽しん

できました。ここに参加隊・関係者からの報告を掲載します。

茨城隊の編成  

  最終的に日本派遣団A分団第3隊(茨城隊)のメンバーは、スカウト35名(内つくば第1団6名)、指導者4

名(内つくば第1団1名)の、合計39名となった。

ジャンボリーまでの経過  

  2002年12月24日から、代々木オリンピックセンターで直前訓練開始。26日に原隊指導者や家族の見送

りの中、成田空港を発ち、27日にタイ王国の首都バンコクに到着。ホテルに一泊した後、そこからバスで数

時間南に向かい、チョンブリ県サッタヒープの王立海軍敷地内ジャンボリー会場へ。

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第20回世界ジャンボリー汗血記

文責: 第20回世界ジャンボリー日本派遣団、A分団第3隊副長  今井 秀和

  まず一言。ここまで過酷だとは思わなかった…。過酷さの原因としてまず、気候の問題は抜きに出来な

い。出発前に知らされていた気温20度台など、全くの嘘っぱち。会場到着時から連日、40度近い猛暑にさ

いなまれることに。日本との気温差が大きかったこともあるが、体力の無いスカウトには危険なキャンプで

あった。体調を崩せば、結果的に多くのプログラムにも参加できない。それにより自分の為にも他人の為

にもならない、悲惨な数日を過ごしたスカウトが多数存在したのは、今後の海外派遣へ向けての重大な反

省点である。

   また参加前には、<スカウトの海外派遣に対する意識の低さ>についても、<彼らの積極性の希薄さ>

についても、現地で様々な体験をすることによって養われる部分があるのではないか、という家族・指導者

(原隊・派遣隊含む)の甘い読みがあったように思う。しかし、そのような甘い考えが通じるほど、今回の世

界ジャンボリーは楽な場所ではなかった。

  行けばどうにかなると思って、行く前にクリアしなければならないハードルを無視することは、今回のよう

な海外派遣においては、致命的なミスとなることがよくわかった。表向き無事帰ってきてはいるものの、正直

なところ成田に着いた時の指導者達の体はボロボロであった(一部は現在も治療中)。

  本当に、暑過ぎる気候、過密スケジュール・スカウト達の意識の低さ(による時間の浪費、問題の続出、

そしてそれによる指導者の睡眠時間の減少)により、指導者達のコンディションはギリギリでした。前向きに

ぶつかる障壁ならいざ知らず、後向きでくだらぬ問題に振り回されるのはウンザリです。そして今後、スカウ

トとしての意識、能力が低い者を海外に出すことには、絶対に反対です。

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20WJに参加して

柏原 一仁

  初めての海外、パスポートを持ったこともない私にとって、世界ジャンボリーというのは、とても大きかっ

た。13NJで、ブータンのスカウトと大会期間をともにしたが、英語が出来るリーダー、周りはみんな日本人

だったので、意外と簡単に会話することが出来た。

  しかし、今回は周りが全員外国人(WJなので当たり前だが)。事前訓練で英語の勉強をしたりしたが不

安だった。

  いざ会場に入ってみると、意外と違和感がなかった。英語で話しかけられると、混乱して何もいえなくな

るのに、会場内でそんなことはなかった。

  「会話」という点では、満足は出来なかった。  あまり自分から話しかけられず、受身だったと思う。そん

な自分に話しかけてくれ、楽しくしてくれたタイのスカウトに感謝している。とにかく会話に対しては反省点が

多い。

食事について

  食事については、マーケットに行き、自分たちで好きなものを作って食べる。と言うことだったので、期待

していた。が、製品が多く、材料はあまりなかった。食事係ではなかったので、マーケットの中はあまりわから

なかったが、魚などは見なかった。レンジで温めるだけのピザや、お湯を入れるだけのカップスープなどが多

かった。  もう少しみんなで協力して何か料理を作りたかった。

プログラムについて

  プログラムについては、満足度80%というところか。  トーナメントにも行きたかったが、まぁ疲れもあっ

て、いけなかったのはしょうがないと思う。13NJに比べればよほど良いか。(13NJでは場内プログラムに

行けなかった)

  最終日のcommunity action dayに参加できなかったのも心残り。ジャンボリーアワードは取得できたが。

開会式、ニューイヤーズイブ、閉会式は、どれもステージから遠く、わかりにくかった。

  ニューイヤーズイブは、前で演説している間に年を越してしまったり、なんだか中途半端な感じだった。  

  閉会式は盛り上がり、楽しかった。UK国旗の赤白青の風船が飛んだり、花火が打ち上げられたりと、

感動的だったが、ごみの多さには驚いた。本当にスカウトなのかと思うほど。  

  全体的には、一つ一つの行動が遅く、リーダーに怒られる点が多かったが、いい経験になった。海にも

入れたし、山をハイキングし、自然を満喫できた。

  4年に1度のジャンボリーというが、スカウトとして参加できるWJは最初で最後だったが、やはり改善す

るべき点が多い。  今後のスカウト活動で少しずつ改善していき、4年後、今度はISTとしてWJを楽しみた

いと思う。

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佐甲 敦彦

  僕は12月24日から1月9日までタイで開催された第20回世界ジャンボリーに参加した。そして、僕はと

ても素晴らしく充実した毎日を送ったと思っている。  

  会場は海に隣接していた。そのおかげで恐ろしいほどきれいな海に何回か泳ぎに行く事が出来た。中

でも元旦に水泳が出来たのがうれしかった。

  プログラムは場内・外あわせて8つあり、どれも面白かった。

  食事の面では、食材はビレッジの中心にあるスーパーマーケットで買った。ここには野菜はあまり置い

てなかったがその他の物は種類も豊富で驚いた。タイ米は、自分では日本米と変わらなくおいしく食べられ

たと思う。  

  シャワーやトイレは壊れているものや詰まっているものも多少あったが、支障無く使えた。

  イベントでは、ニューイヤズ・イブが盛り上がらなかったのが意外だったが、その他のイベントは大いに

もりあがる事が出来た。

  外国のスカウトは、一番タイのスカウトが気さくだったように思われる。又ブラジルのスカウトともTシャッ

を交換し友達の和が広がったと思う。

  まだまだ沢山の事があった。そして、どれも良い思い出となった。この様な充実した日々というのはあっ

というまに過ぎさってしまうもので、僕としては、まだ会場に残っていたかった。次回までの課題は英語で自

分の考えをしっかりと述べられるようにする事だ。  次回も、絶対に参加したいと思う。

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佐甲 雄祐

  とても暑く、少し大変だったが、とても楽しかった。外国のスカウトは、とても優しい人ばかりで手伝っても

らったときはとてもうれしかった。毎日おもしろい事ばかりだった。タイの昼は暑いが夜はすずしいので、夜

はよく眠ることができた。次回の世界ジャンボリーにも参加したいと思う。

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ジャンボリー見学記

柏原 公子・柏原 弥恵

平成15年1月4日(土)はれ

  第20回世界ジャンボリー見学に出発。成田発10:55分JL717便。上空から霞ヶ浦,筑波山,そして雪化粧

をした美しい連峰や富士山のオカマを真上から見てあちらこちらから歓声が聞こえる。

  機中お茶タイム,そしてイヤホンで音楽を聴きながら,うとうと〜。そのうちに夕食タイム。弥恵はスチュワ

ーデスのブランさんと仲良しに,県連の竹本さんは東京在住,年中さんの一人っ子の母親スチュワーデスさん

とボーイスカウトの話に花が咲いている。

  竹本さんの奥さん(ガールスカウトリーダー)と私は寝たり〜の2,868マイルの時を楽しみ,2時間時差のバ

ンコクに少し遅れて4時30分着。空港ロビーには,ジャンボリーマークを中心にしたシンボルモニュメントあり。

記念写真。

  両替(バーツ)して,一路パタオのマリオットリゾートスパホテルへ。高速道路を使って3時間(内蔵が揺れ

る感じ)元気だった弥恵,ぐったり!

1月5日(日)はれ

  ホテルの朝食(バイキング)会場で大阪連盟の方々から,ジャンボリー会場に行った時の暑さ!砂ぼこり

のすごさ!制服着用についてなど情報が入る。各自持ち物再チェック,制服の着替えに Tシャツと日焼け止

めのクリームを再塗して出発。車で1時間30分,会場のサッタヒープ(1200haの平地,丘陵,自砂海岸)に到着。

入場ゲートから3分,駐車場で下車,受付にむかう。午前の受付は 10時、入場許可カードを胸に次のゲートに

移動,荷物点検を受けバスに乗る。5分位でウエルカムアリーナに着き徒歩で会場へ。私達のグループはタイ

のベンチャー班?と一緒で縦列一本線で前進,私達4人は前になったり後ろになったり広がったり・・・その内

その中の1人が私の肩にある荷物を持ってくれた。(うれしい気持ちでいっぱい)

  道中,ジャンボリーの生活水のために作られた貯水池とその周りの万国旗を眺めたり,セントラルアリーナ

(開会式,閉会式会場)を見たり,遙か前方の海と空の風景,そしてその中間にある参加者達の生活するドー

ム屋根,テント,のぼり,わら小屋等を見ながら・・・スカウト達に会えると思うと胸がわくわくしてくる。センター近

辺の日陰に立っていたら・・・茨城スカウトだ!リーダーだ,会えた!会えた!榎田君だ,オヤ佐甲君だ,岩野

君だ,オ!鈴木君。たまたまフリータイムでセンターの時計前に集合がかかっていたとのこと。そして竹本氏が

携帯で副長に場所を知らせ呼び出したこともあるが。

  この広い場所で,こんな短い時間に会えるのも携帯電話のおかげかな〜。早速に集合の記念写真を−そ

こで今井副長,柏原一仁の顔も見ることが出来た。つくば全員揃っていた。その後それぞれに目的のところへ

散る。4人は日本連盟のサイト訪問・冷たい水をサービスしてもらった。おいしい!この近辺はそれぞれのオフィ

ス,つまりそれぞれの国のスタンプや資料を置き、国を紹介しているところ。日本コーナーではスタンプの横に

シールを貼り,その人の名前を聞いて漢字名を書きサービスしていました。

 いよいよ午前の退場時間になり,ゲートまでもどる。午後の受付開始は1時,開始時間までの間スーパーで買っ

て来た軽食で昼をすます。

 午後,色違いの入場許可カードを胸に,また同コースで会場へ。退場時間まで要領良く能率良くまわるにはど

うしたらよいか考える。竹本氏は茨城サイトへ,奥さんは英語で会話を楽しんでスカウトや見学の方,現地の方

と交流。私と弥恵は2連のカート(50人乗り)に乗ることにした。約40分。

 各国の旗でサイトを知ることが出来る。日本は日の丸と鯉のぼりが立っていた。プログラムに挑戦しているスカ

ウト。昼寝姿,水着姿,品物交換に夢中のスカウト・・・。Village A,B,C,Dにそれぞれ11のサービスコーナーが

あり,センターには銀行,郵便局,スーパーマーケット,スカウト用品,タイの民芸品等々,ジャンボリー街はにぎ

わっている。日本のカブスカウト紺制服の弥恵は大モテ,写真の中にひっぱりだこ。40℃の気温の中,午後から

は制服を脱がしてTシャツに。記念写真に声をかけられおさまる回数の多いのは大人も子どもも制服姿であった。

私共もカッコイイ!と一緒に写真を撮ったのはシースカウトリーダーの真白の制服姿であった。

 歩くと舞い上がる砂ほこりも,照りつける太陽も思ったより気にならない。日本国の,茨城の,つくばのスカウト達

が元気に参加している姿は最高でした。そして隊長の優しい笑顔も忘れられません。日本連盟曰く,日本のスカウ

トはもう少し国際スカウトとして語学を学ぶべきとの声に,自分自身も身にしみて感じた。単語が通じない時のなさ

けなさ。短い時間のコミュニケーションは,やはりことば。4年後にむけて耳は悪いけど勉強しよう!知りたい事が

聞けないのはさびしい。

 PM4:30分最終バスでゲートにもどり,帰路につきました。 −この後,弥恵が体調をくずしましたが− 目的のジャ

ンボリー見学が出来,4年後のイギリス会場には「私いけるんだよね」のことばが耳に残りました。

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