第20回世界ジャンボリー参加報告

(速報)

2003/01/19 作成


 

              

 世界のスカウトがほぼ4年ごとに一堂に会する世界ジャンボリーが、タイ国(チョンブリ県

サッタヒップ岬)において、2002年12月28日(土)から2003年1月7日(火)までの11日間、

"Share our World, Share our Culture"(私たちの世界を共有し、それぞれの文化を分

かち合おう)のスローガンのもとに実施されました。 つくば第1団からは、リーダー、スカ

ウトを含めて7名が参加し、世界の仲間と時間と空間を共有して楽しんできました。

 ここに参加隊からの速報を掲載して参考に供します。

                           

茨城隊の編成

 最終的に日本派遣団A分団第3隊(茨城隊)のメンバーは、スカウト35名(内つくば第1団

6名)、指導者4名(内つくば第1団1名)の、合計39名となった。

ジャンボリーまでの経過

 2002年12月24日から、代々木オリンピックセンターで直前訓練開始。26日に原隊指導者や

家族の見送りの中、成田空港を発ち、27日にタイ王国の首都バンコクに到着。ホテルに一泊

した後、そこからバスで数時間南に向かい、チョンブリ県サッタヒープの王立海軍敷地内ジャ

ンボリー会場へ。

ジャンボリー現地の状況

 会場に着いた日から連日40℃近い猛暑(注:イギリス隊のホームページには、華氏100度≒

38℃以上で夜はテントの外で寝るなどとの記述あり)が続き、茨城隊からも熱射病・日射病・

鼻血のスカウトが続出。また、我々茨城隊のキャンプサイトは海に近く、砂浜だった為、パウ

ダー状の海砂が常に舞っている状態。その所為で、中盤からは喉の痛みを訴えるスカウトも多

かった。インフルエンザにかかったスカウトは、まずこの砂ぼこりで喉の粘膜をやられたのか

も知れない。うがい・こまめな水の摂取・トローチの支給で、多くは徐々に回復。また、長期

キャンプにつきものの便秘に関しては、食物繊維を多くとらせるようにして対応。しかし、後

半は下痢の者も多く出た。食事・水に順応しきれなかったこと、またスカウトによっては水物

の摂り過ぎが原因か。

 病院施設は、会場内にクリニック(サブキャンプ=サイト集落毎)、ホスピタル(会場にひ

とつの、入院可能な施設)、会場外に王立海軍病院が存在。茨城隊は、その全てに厄介になる

という散々な結果であった。そして全てのリーダーが、スカウトの搬送、診察付き添い、入退

院手続き(もちろん全て英語)を経験する。常に1名のリーダーが、ダウンしたスカウトのケア

に割かれている状態が続く。

 ジャンボリーアワード(場内外プログラム)に参加の時間にも、具合の悪いスカウトはサイト

に残って体力の回復に努めさせる状況が続いた。入院・サイト残りを含めて、毎日2〜4人はプロ

グラムに参加できない状況であり、何の為に世界ジャンボリーに参加しに来たのか疑問。ただで

さえ、我々のサイトには日本人スタッフが付かず、英語に堪能な1名のリーダーが、連絡のため

の会議に出ずっぱりの状態。その上、上記のような病人のケアがあり、スカウトへの指揮系統は

満足なものと言えなかった。その面では、有能な上級班長に救われた点が多数あり、心強い思い

もした。後半からは、隊付2名の自覚も育ち、役割分担も出来、多くの面で頼りになった。

 しかしながら、行動の直前に言い渡されるプログラム(交歓会、集会含む)も多く、リーダー

は常に多忙で平均4時間程度と睡眠不足が続く。これら諸々の問題に重ねて、気候の問題が大き

かったことは確実である(日本隊は開催の前日に現地に到着したが、クリスマス・イブの前から

現地入りして、からだを徐々に慣らしていった国もあった様子)。 気候対応上の問題、キャン

プサイトにおける情報伝達の不備、スカウト自身の問題意識等々、反省すべきマイナスの面が散

見されたが、最後には、茨城隊スカウトの全員がパイオニア章を取得できたことが、せめてもの

収穫か。スカウト達の今後に強く期待する。(派遣直前の2回程度の訓練では、スカウト全体の

意識統一は無理?送り出す側の意識の甘さも痛感)

総括的感想(1リーダーから見て)

 ホストカントリーである、タイ国のスカウト・リーダー達には「感謝」のひとことである。

我々茨城隊の左隣はタイ国のサイトであったが、非常にフレンドリーであり、全体の統率もとれ

ていて、自らの隊を省みて恥ずかしいことしきりであった。タイのスカウト活動は、学校教育と

直結している(生徒=スカウト、先生=リーダーである。リーダーは、「Teacher」と呼

ばれていた)ので、それも大きいのかも知れない。タイ人の親日感情は非常に高い。日本企業、

メディア・キャラクター産業の流入がその主な要因か。我が茨城隊のスカウトでも、ルックスの

良い者やひょうきんな者は、アイドルのような扱いを受けていた。 ジャンボリーのプログラム

は多岐に渡っており、その多くはスカウトの興味を引くものであった(場内プログラムには付い

て行かなかったので、話に聞いただけだが)。ただ、自分の見た限りでは、日本人は競争意識が

低過ぎると痛感させられた。 タイ国の文化・産業に触れるプログラムもあり、また、登山ハイ

クでは意外に日本に近い植生であることが分かった(タイ北部は、その限りではないかも知れな

い)。動物は、かなり南国的なものが多い(太い蛇、ナナフシ、ヤモリ、謎の蛙、刺されると猛

烈にチクチクする蟻、etc.浜辺にはサソリも生息していたらしい)。食事は、辛いものも多

いが、美味。特にお隣さんのタイスカウトがくれた夕食のスープやおじやは、日本食に近いもの

もあり、とても美味しかった。 最後に、今回の派遣に関して、さまざまな立場からご支援・ご協

力を賜った、茨城県連、同第4地区、つくば第1団の関係各位に深く感謝の意を表します。

< 参 考 >

* ジャンボリー(Jamboree)

 ボーイスカウトのキャンプ大会で、ひとつの国または地域的・国際的・世界的規模で開かれる

ものをいう。人種・宗教・言語・習慣の違いを越えて、ひろくスカウトの交流と親善を深めるこ

とが目的。

* 世界ジャンボリー(World Jamboree)

 1920年8月にイギリスで開催されたのが最初である。34カ国から約6000人が参加(日本からは

3名)。1971年8月の第13回WJは、日本の静岡県朝霧高原で開催された。第17回WJ(1991年8月)

は大韓民国で開かれており、今回の20WJはアジア地区で開催される3回目の世界ジャンボリー

である。現在では、216の国と地域で2800万人以上がスカウト活動に参加しており、世界

スカウト機構には154の国と地域のスカウト連盟が正式加盟している。20WJは、「よき思い出

と友情を残して」幕を閉じ、再び4年後にイギリスで会おうとの橋渡しがなされた。

*21WJの準備はすでに始まっている

 タイ国での20WJ閉式と同時に次の21WJへの準備が開始された。すなわち、次の第21回世界ジャ

ンボリーは、最初の開催国であり、スカウティング発祥の地でもあるイギリスに戻り、その創設

100年の記念(B-Pの生誕150年とも重なる)も併せて、2007年に開催される予定。 スカウティン

グの発祥は、創始者B-P卿(Robert Baden- Powell)がロンドン近郊の21名の少年を集めて、

1907年8月1日からBrownsea島での実験キャンプを実施したことに遡る。21WJは、“One World,

One Promise(ひとつの世界と、ひとつの約束)”のスローガンもとに、2007年7月28日から8月

8日まで、ロンドンの北東約40kmのHylands Park(イギリスのスカウト本部があるGilwell Park

の近傍)において実施されるとのことである。お楽しみに。

 http://www.scouting2007.org

 

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